バウル剣道同好会 レナトの巻

バウル剣道同好会

レナトの巻

レナトは身長百九十センチ、三十代後半。アスレチックの教師でオールブラジルのボディビル選手権で準優勝したことがある。(あんまり筋肉が凄いので本人に聞いたら教えてくれた)
両ふくらはぎに立派なドラゴンの彫り物がある。刺青をよく見かけるブラジルでも剣道の世界では珍しい。
「剣道の前は何していた?」
「柔術」
確かにあちらの方は刺青率が高い。

センセイが来られないときはレナトが代わりを務める。つまり師範代だ。

稽古の前に一同整列し、先ずは準備運動。
ポルトガル語で「開けたら閉めんと」でなくアケシメント。体を温める意味だ。手首、膝や首をコキコキ回し、次にアキレス腱をしっかり伸ばす。
普通はこれで竹刀での素振りに入るのだが、レナトが師範代の時はレナト流になる。
アキレスけん伸ばしの後は床に横になって腹筋を五十回、続けて腕立て伏せ五十回。立ち上がってスクワットを五十回。
次に後ろ向き歩きでに道場を数回往復し、それが終われば横向きで道場の周回。
大概はその夜ベッドで腹筋や足がつって悲鳴を上げることになっている。

レナトはリーダーシップに迷いはないし礼儀にも厳格だ。
稽古を始める前に道場を拭く。バケツに水を汲み、雑巾とモップで道場の床を隅々まで拭きあげる。レナトは真っ先にバケツに水を汲みに行く。
直前にここでフットサルをやっていて床が汚れていることもあるが、それ以上に道場を清潔に保つことは剣道の修行の一つであるとレナトは信じている。(と僕は見ている)
小さな道場でも何種類かの人間を観察できる。
雑巾がけは初心者の役目だと思っている者。
初心者でも今は忙しい(袴をはいたり防具を付けたり)と装いサボる者。
最初から参加する者。
半分程終ったところで上級者の手からモップを奪う者。
しかしレナトは回りを気にすることも無く気負いも無い。黙々と雑巾がけをする。

ある晩、仲間が誘い合ってピザを食べに行ったことがある。レナト夫妻も一緒だった。
僕が何杯も生ビールをお代わりしている向こう側で、レナトはジュースを飲み、煙草も吸わず、十時過ぎには娘を迎えに行くとみんなに挨拶して帰っていった。

中庸を知り礼儀をわきまえたレナト。真面目な体育教師。
でもレナト、分かって欲しい。君のドラゴンの刺青や右上段の二刀流の姿を僕の中で上手に収めるのは結構大変なんだ。

 

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