バウル剣道同好会 シロの巻

バウル剣道同好会

シロの巻

シロは三十歳。デザイナーである。(何のデザイナーかは聞き忘れた)
ソルジェニーツインばりのアゴヒゲをはやし、顔のつくりはヨーロッパ風ながら苗字が日本のアンテナ博士と同じ八木。聞けば、父親は日本人で数年前に無くなったとのこと。
僕が曖昧な言葉でその場を取り繕うとすると「八十八歳まで生きられて本人は悲しくなかっただろう」とシロは言う。
八十八歳の父親と三十歳の息子。
僕の怪訝な表情を読み取ったのか「五十五歳で横浜からブラジルに来て三十歳の母親に出会い、そして自分が生まれた。丁度あなたと同じ年齢だ」と続けた。
確かに僕は五十五歳だった。
だから僕にも若い女性と結婚するチャンスがあると言いたいのだろうが、なんだか若い頃のシロの母親(会ったことも無い)を想像して変な気持ちになった。

僕が稽古に行けなかった週の翌週、皆正座して一列に並んでいる時、隣のシロが急に立ち上がった。
「先週は自分を見失って大きい声を出し申し訳なかった。皆にいやな思いをさせたと反省している」
誰も返事をしない。
シロはもう一度「申し訳なかった」と繰り返し座り直した。
「何があったの?」僕はシロに聞いた。
「大きい声で怒鳴った」との答え。
「何で?」もう一度聞いた。
「僕が悪い」
シロが怒鳴ったことは分かったが実際何が起きたのかは分からない。でもシロの顔には「もう聞くな」と書いてあった。

シロは日本の剣道雑誌の愛読者であるが日本語が読めない。
剣道雑誌にはまるでアイドル誌のように日本選手権出場選手の顔写真付きの一覧表が掲載されている。シロのご贔屓は上段や二刀流で総ての選手の顔と経歴を知っていた。
時々雑誌を持ってきて「ここを訳してくれ」と頼まれる。写真を指差しながら翻訳すると「やはり間違っていなかった」と満足そう。
単に自分の推理が正しかったのかどうか再確認しに来ただけなのだ。僕のポルトガル語ではそうはいかない。
世界選手権大会が近づくにつれ、日本の代表選手が誰に決まったとか、セレクションに上段の選手が入っており非常に満足しているとか、団体戦の先鋒から大将までの予想選手とか、シロからインターネットメールが入らない日はない。

或る日ブラジルの一般雑誌が剣道を紹介していると連絡してきた。
インターネット上でそのサイトを探し出した。曰く、剣道は禅と儒教をベースにしている故に昇段試験や試合での勝敗に年齢は関係ない。日本では剣道歴を就職の際の履歴書に書く云々。
リスペクトが凄い。僕は何も否定しない。ここは彼たちの国だ。

2017 Aug.18

 

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