バウル剣道同好会 タイスの巻


バウル剣道同好会

 

タイスの巻

タイスは工業デザインを学ぶ女子大生。バウル剣道同好会結成以来のメンバーであり最初の初段合格者である。しかも昇段三ケ月後にサンパウロ州剣道大会で優勝してしまった。

大会翌週、稽古着に着替えている時に僕はそれを知った。
でも教えてくれたのが誰だったのか覚えていない。
何しろ話のトーンが穏やかでその場の雰囲気もいつもと変わらなったからだ。
何となく落着かぬ気持ちを抱えたまま稽古前の正座の列に並んだ。
師範のレイナルドから「稽古の後にタイスの優勝祝賀会をやります」とのアナウンスがあった。
「そうだろう。お祝いしなくちゃ」とほっとした。
(本当は前日にみんなで相談していて僕には連絡が来なかっただけ。僕の憤りはお門違いであったのだ)

祝賀会は食べ物や飲み物は持ち寄りとのことである。
レイナルドは「モチヨリ」と正しく日本語で発音した。

稽古が終わり体育館の倉庫からテーブルを運び出し食べ物や飲み物が並べられる。
僕は何も「モチヨッテ」いない。
デニスがビールが無いと言う。
彼も何も持ってきていない。
「隣のバーで買って来よう」と彼を誘った。(モチヨリの代わり)
フィリペも手ぶらだ。
この三人だけが飲ン兵衛である。
三人揃って稽古着のまま裸足でバーに飛び込んだ。
奥にいた親父が見慣れぬ風体の男たちに臆したのか「何の用だ」と少し怯えた声で言った。
「缶ビール1ダース」
三人同時に叫んだ。
真夏の太陽に焼かれたアスファルトが強烈に熱い。三人でヘッホヘッホと踊りながら帰ってきた。

レイナルドの乾杯の発声。
「ビバ、ビバ」の後にどういう訳か「バンザイ」が付く。
「ビバ、ビバ、バンザイ」
皆で乾杯し順番にタイスにキスをして祝賀会が始まった。

タイスはいつも笑っている。返事には決まって「ウフフ」が入る。
「おめでとう」
「ウフフ、ありがとう」
「何試合やったの?」
「ウフフ、気が付いたら決勝戦だったから分からない」
「すごいねえ」
「ウフフ、自分でもそう思う」

「パンツは落ちなかった?」
「ウフフ、落ちなかった」
これには説明が要る。
剣道では前垂れに名札袋をはめる。タイスの名札はゆるいのか時々落ちる。
それを自分で「パンツが落ちた」と称している。
時には相手の竹刀の先に引っかかることがある。それは「パンツを釣った」だ。
僕も初めてパンツを釣ったときはびっくりした。
「何、これ?」
「ウフフ、私の名札、ウフフ」
タイスは僕の剣先にぶら下がった名札を引っ掴んで後方に放り投げた。

ミドリが新聞記者が来る予定だと発表した。どうらやら地元の新聞社に連絡したらしい。
確かにバウルの女性がサンパウロ州剣道大会で優勝と云うことはバウル市民三十五万人にとっての名誉である。

缶ビールもなくなってきた頃、地元新聞の記者兼カメラマンがやってきた。
レイナルドが全員を並ばせ一枚、彼とタイスで一枚、タイス一人で一枚。その後はインタビュー。

記事が載る場所はスポーツ欄か市内欄か社交欄。
スポーツ欄は地元サッカーチーム(ノロエステ)とその他スポーツの動向。
市内欄は交通事故や催し物案内、市議会のスキャンダル、火事、強盗、市内で発生した事件。
社交欄はバウルの金持ちファイミリーの娘の誕生会や結婚式、パーティの様子が記事になる。
僕としてはスポーツ欄に載って欲しいが、マイナースポーツでたった十数名だけの剣道同好会の記事をプロフットボールチームと同じ扱いにするのは難しいだろうと想像していた。

キオスクでは新聞は新聞棚に平積みされ中を読むには買わなければならない。僕はいつも表紙を眺めるだけだ。
タイスの記事は翌週火曜日の社交欄にレイナルドと一緒の写真と共に載った。
(と後日ミドリに聞いた)
社交欄は十五ページ目辺りにあり僕はその記事を見ていない。

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