2015年5月30日

アンドレ・ヴィトール・コレイア

André Vitor Correia
(1888-1948)

 

Benedito & Pixinguinha

ベネジット・ラセルダ&ピシンギーニャ

アンドレ・ヴィトール・コレイアはショーロの名曲の一つに必ず数えられる「アンドレ・サパト・ノーヴォ(新品靴のアンドレ)」の作曲者。

1947年にベネジット・ラセルダのフルートにピシンギーニャのサックス演奏でレコードが発売されました。

1948年、アンドレが亡くなった年、ラジオ番組責任者でもあった音楽家のアルミランテ(Almirante)は、「たった一つの音でこんなに有名になった曲も無いだろう。例のアンドレ・サパト・ノーヴォだ。ピシンギーニャがミの音を引っ張り出して誰でも知っている曲にした」と語っています。

あの印象的なミのフェルマータの出だしはピシンギーニャのアイデアだったのでしょうか。(本当にそうなの?)
この奇妙な曲名の由来は一つの都市伝説の様です。
「アンドレがとあるダンスパーティーに行った時、新しい靴が小さくて足の豆が痛くなった」のがヒントと様々な人が書いています。

1888年リオデジャネイロ州内のボニート生まれ。独身でしたがセバスチャンと言う子供を一人残しています。
広報局の公務員であり、何回もカーニバルで優勝したハンショ「アメノ・レゼダ楽団」で1925年から31年の間ハーモニー責任者兼クラリネット奏者を務めています。
その後サックスに持ち替えジャズバンドを率い「サックス吹きのアンドレ」と呼ばれました。

1948年は昭和23年。そんなに大昔ではありません。
足跡はそこかしこに残っているだろうと探しましたが、アンドレの姿は霧の向こうに消えて見えません。
結局「アンドレの靴擦れ悲鳴はミの音だった」らしいこと位しか分かりませんでした。

 

2016 Apr.
貝塚

参考:Dicionario Crabo Alvim da Musica popular Brasireila
O Choro por Alexadre Pinto
Dr. Zem Espaco Dedicado A Comentatiros do Coitidianao, Musica, Politica e O Que der vontade

 

André Sapato novo

 

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