2015年6月24日

クラウジオノール・クルス

Claudionor Cruz (1914-1995)

 


数多くのショーロとサンバの名曲を残しました。最大のパートナー、ペドロ・カエターノとの競作は約300曲を数えます。その中でもノーヴァ・イルゾンはパウリーニョ・ダ・ビオラの歌で記憶に新しいです。

クラウジオノールの故郷パライバーナ(Paraibana(昔はPARAHYBUNA))はサンパウロ市からアイルトン・セナ高速道路をリオに向かい1時間程右手の山の中にあります。町の名前の語源はインディオの言葉でPara(水)、HYB(川)、UNA(黒)。その名の通りパラチランガ川の辺に沿って佇んでいます。

父親が楽団指揮者で21人いる兄弟もそれぞれ楽器を弾く音楽一家に生まれました。父親は熱烈な音楽愛好者で食べ物に事欠くこともあったと本人の弁。
20歳を少し超えたところで自分のバンド(Claudionor e seu Reginal)を結成しました。それまではカバキーニョ演奏家として様々な楽団で演奏をしました。このバンドは30年以上続きメンバーはアベル・フェヘイラ(クラリネット)、ボラ・セッチ(第2ギター)、アルリンド(第一ギター)、ペルナンブッコ(パンデイロ)。
1935年に最初の曲Tocador de Violaoがアウグスト・カリェイロスの歌でレコード化されました。これもペドロ・カイターノとの共作です。この頃ギターに持ち替えています。
40年代から50年代が全盛期でベネジット・ラセルダ(Benedito Lacerda)のバンドと人気を競い合っていました。

ノーヴァ・イルゾンについて。
このショーロの名曲は1941年のクラウジオノール・クルスとペドロ・カエターノの競作です。
1939年に作られたサンバDa cor do pecado”(作曲 ボロロ Bororó)よりインスピレーションを受けています。
二人は出会うことが難しくまずペドロが作詞しその後クラウジオノールがDa cor do pecadoの韻に合わせて曲を作りました。
最初の録音はルシオ・アルヴェスにより歌われ、79年にパウリーニョ・ダ・ビオラにより再録音がされております。

参考:MPB CIFRANTIGA
O site de Brasil Cultura
Museu da cancao
O Jornal de Todos Brasil/Luis Nassif online

 

ショローンとその時代

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