2017年7月6日

ルイス・アメリカーノ

Luiz Americano do Rego
(1900年 アラカジュ – 1960年 リオデジャネイロ)

 

ルイス・アメリカーノはセルジッペ州の首都、アラカジュ)で生れていますが、あまりノルデスチ(ブラジル東北地方)出身である感じがしないのは多分ジャズ寄りの音楽経歴のせいでしょう。(彼の曲はブラジル的です。)
幼年時に地元の楽団のバンドマスターだった父親からクラリネットを習い、アラカジュで兵役で音楽隊に入りアルト・サックスも習得しました。1921年にリオデジャネイロへの転勤を契機に軍隊を去ります。それがリオで独立する為なのか或いは兵役満了だったのかは分かりませんが直ぐにシモン・ボウチマン(1900年パレスチナ生れ)やロメウ・シルヴァ(ランショ・デ・アメノ・レザダで活躍)等の楽団に属しナイトクラブやダンスホールで演奏を始めました。

1920年代の創成期のラジオ局の一つ、ラジオ・ソシエダーデにソリストあるいは作曲家として参加した一人です。
28年から3年間アルゼンチンに住み帰国後リオデジャネイロのメイリンク・オーケストラに参加し、次にアメリカン・ジャズ・オーケストラを創設しビクターレコードで録音を残しています。
32年になるとピシンギーニャ、ドンガ、ジョン・ド・バイアーナが作ったバンド、ベーリャ・グアルダに呼ばれています。
36年には、 ベニーグッドマン (クラリネット), ジーン・クルッパ (ドラム) 、テディ・ウィルソン (ピアノ)の向こうを張って、ラダメス・ニャタリ(ピアノ)、ルシアーノ・ペローネ (ドラム)と共にトリオ・カリオカを組みアメリカンジャズを演奏していたようです。
40年には指揮者のレオポルド・ストウィック(ポーランド系ロンドン生まれ。ニューヨーク・シティ・オーケストラ他の創立者)によるリオデジャネイロ – モンテ・ビデオ(ウルグアイ)航路上でのレコード録音にピシンギーニャの推薦で招待されました。彼の演奏は「君のために吹く」’Tocando pra voce’に残っています。

スタジオミュージシャンとしては、カルメン・ミランダ、フランシコ・アルヴェス、オルランド・シルヴァのバックを務めています。

代表曲は、 É do que há 他約60曲程数えられます。

2017 July 06 wp

 

 

 

参考:Dicionario do Cravo Albin, Musica Popular Brasileira

ショローンとその時代

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