2017年10月26日

チア・シアッタ他

チア・シアッタ他

Tia Ciata
Hilaria Batista de Almeida
(1854-1924)

ショーロやサンバの創世期には欠かせない女性たちがいました。
彼女たちは家事労働、洗濯、菓子売りなどで生計を立てながらすべてを貧乏音楽家たちの為に注ぎ込んでいました。
食えない(文字通り、食べ物も寝るところも無い)ミュージシャンたちを寝泊まりさせ、食事を与え、病めば医者にも見せ、まるで迷い込んだ窮鳥の世話をするようです。

「オ・ショーロ」(1936年出版)のアレシャンドロ・ピントによれば「ショローンたちの避難所」です。
彼女たちはバイア生まれの伯母さんたちで文字通りチアとの愛称で親しまれていました。

「オ・ショーロ」にはサンバ誕生以前のバイアのチアたちが登場します。
ボン・ジャルジン通りのデュヴァルジーナ(Durvardina))、ヴァタパが得意料理のえくぼのマルキーニャ(Marquinhas das Duas Covas)、チジュッカのマリア・デ・ピエダーデ(Maria de Piedade)等。
共通しているのは根っからの音楽好きだということ。報酬はミュージシャンの奏でるショーロやサンバだけ。
彼女たちの家で開かれるバイレの食事やダンスにつられて集まる娘たちを目指してやってくる不埒な男たちも混じって毎週のように大騒ぎを繰り返していた様子をピントが描いています。

サンバではチア・シアッタ。
彼女の家にはピシンギーニャがいたし、最初に録音されたサンバ曲”Pelo telefone”もそこで生まれました。
1876年にバイアからリオデジャネイロに移り住みました。88年の奴隷解放令(黄金法)以前のことです。
バイア独特の衣装をまとって9月7日通りでお盆に載せた郷土料理を売り始ながら、カーニバルや劇場用の衣装の貸出しを行なうなど活発なバイア女性の典型だったようです。
またカンドンブレ(Candomble)の巫女(mae de santo)としても活動を続けました。

横道にそれますが…
カンドンブレの精霊達、所謂オリシャス(Orixas)に祈り憑依するための音楽と踊りには、遠きアフリカの風景が閉じ込められています。
カンドンブレが違法とされた時代(1937~45)がありました。
「解放」後の元奴隷たちが持つ異質な文化を恐れた政府がその活動や集会を禁じたのです。
同様にサンバに対しても浮浪者や貧困者のものとして警察が目を光らせていました。
ピシンギーニャは「ショーロは広間で、サンバは裏庭で演奏されていた」と回想しています。

チア・シアッタの住居のあったヴィスコンデ・デ・イタウナ通りは小アフリカと呼ばれたプラッサ・オンゼにあり、バイア出身の元奴隷たちが集まる場所でもありました。
彼女は甥の誰それのお祝いとか何かと理由を設けては家で料理を振る舞い、これを目当ての音楽家、政治家、ボヘミアンたちが段々増えた結果一種の文化的なサロンのような場が出来ていました。

通常はこうした集まりは警察の監視対象となりますが彼女の家は例外でした。
(ピントは昔は警察も今ほどうるさくなかったと懐かしんでいますがそれは19世紀の風景です)
ある警察の高官が巫女としても有名なチア・シアッタに足の病に苦しんでいた大統領の話をしたところ「エルバを混ぜ込んだパスタを巻いておくよう」という処方を与えられます。
これを実践した大統領の病はすっかり癒えそれ以後彼女の家は警察から特別な計らいを受けていたという話が伝わっています。

常連はピシンギーニャ、ドンガ、ジョアン・バイアーナ、シニョ、画家のエイトール・ドス・プラゼレスといった面々。
そしてドンガやジョアン・バイアーナの母親もまたこの「チア」と呼ばれた「バイアのおばさん達」の一人でした。
彼女らは今も「サンバの母親」としてエスコーラ・デ・サンバの尊敬を受けています。
なかでもチア・シアッタは特別で何年もの間彼女の家の前でサンバの行進を一度止め敬意を表す習慣があった程です。

18世紀ヨーロッパに於いて、王侯・貴族のパトロンたちによって催された「饗応」がブラジルでは社会的に最下層にあるバイアのチアたちによって行われたこと、そしてそこで生まれ育ったものが現在のブラジル文化の一つの元型となったと考えると何だか面白いです。

2017 Oct.26 WP

参考:Dicionario do Cravo Albin, Musica Popular Brasileira
Portal da Cultura

Negra”Tia Ciata” por Roberto Moura Portal Sao Francisco “Candomble”
Samba:

A influencia da tia CiataPARA ALEM DA CASA DA TIA CIATA:Tiago de Melo Gomes
オ・ショーロ「ショーロはこうして誕生した」アレシャンドロ・ピント

 

ショローンとその時代

error: Content is protected !!