連載 エッセイ ヴィラ=ロボス

<文 宇野智子>


ヴィラ=ロボス




(11) ヴィラ=ロボスを見つけた日


今回はヴィラ=ロボスとの出会いについて書こうと思います。
ヴィラ=ロボスの存在を知ったのは大学3年の冬です。その頃、私は卒業試験で弾くピアノ曲を探していました。

ご存知かも知れませんが、日本大学芸術学部(日芸)は映画、写真など複数の学科が同じキャンパスに集まっていて、他学科でも受講できる講座が数多くあります。これは私が日芸を志望した最大の理由で、入学後は積極的に音楽以外の芸術分野の授業をとり、学んだ事柄を個別的にでなく総合的に俯瞰して、自分の音楽に還元しようとしていました。
自分には芸術のごった煮を作る意欲と能力があると思い込んでいました。今から思えば、作り方も知らないまま色々なスパイスを投入してカレーを煮込もうとするような無謀な挑戦で、たかが4年間で成就するはずもありませんでしたが…。

William Burroughs

本当に様々な講義を受け、他学科の学生とも交流しました。そうした生活のなかで、ビート文学、特にウィリアム・バロウズ(William Burroughs)に心が向くようになり、同時にショパンやベートーヴェン、ドビュッシーといった一般的なピアノ曲ではない、もっと別な音楽に取り組んでみたい気持ちが強くなっていきました。

ピアノコースでは幸運にも良き先生と出会え、無理矢理に演奏曲を押し付けられるようなこともありませんでした。
先生の指導の下、ヒナステラ(Alberto Ginastera)やヤナーチェク(Leoš Janáček)など、大学の試験では演奏される機会の少ない作品に挑み続けました。
これらの曲は私に合っていたようで、ギリギリの成績ではありましたが学内のピアノコンサートに出演できるようになり、コンクールでもまぁまぁ良い評価をもらえるまでに成長しました。
入学当初のピアノのお粗末さから考えると、人間いくつになっても努力するのに遅過ぎることはないのだと実感します。

Alberto Ginastera

とはいえ、その頃の私にとってクラシックのピアノ作品は「ツンとおすまししているもの」であり、「時代から取り残されつつ自分だけが清らかだと思っている独りよがりなもの」でもありました。
バロウズから想起されるような怠惰で暴力の気配を孕むものを表現することに憧れ、粗暴さがあってこそ美しい旋律や響きも際立つのではないか、そういう曲を弾きたいと思いました。クラシックの取り繕った(と当時は思っていました)顔を殴ってやりたかったのです。

音楽、とりわけピアノは、しばしばその技巧に加えて「音色の美しさ」が至上命題の一つであるように言われます。勿論、美しい音を奏でることは当時も今も私が最も留意していることで、プロの濁った演奏を3分聴くくらいなら、子どもが弾く練習ピアノを1時間聴く方が余程心が豊かになると思うほど、汚い演奏は嫌です。
でも一方で「きれいだね」だけで終わらない、聴いた瞬間に頭をガツンとやられるような破壊的な作品~大学4年間を締め括り、次のステップへ進むエネルギーとなる曲~を見つけたいと思っていました。

Argentino

ある日、図書館で何の気なしに開いた古いピアノのレパートリー事典の最初のページに、ヴィラ=ロボスの名前が載っていました。
「《野性の詩》は演奏時間も長く、とりわけ演奏が難しい」というような一文が目に入り、好奇心からCDを探しました。最初に聴いたのは、マルク=アンドレ(マルカンドレ)・アムラン(Marc-André Hamelin)のものだったと思います。(当エッセイ第3回に参考音源へのリンクがあります。)

「これ『いい』!」というのが最初の感想でした。それは、上に書いたような意味での『いい』であって、過度に重なった和音は響きが潰れているし、やたらと長いし、聴きようによっては失敗作でしょう。
ところが『いい』のです。和音がハンマーのように降り注ぐリズムの嵐のなかに、幻想的な旋律が散りばめられたこの曲は、私の「壊したい」という気負いなど軽々と飛び越えて、巨人の足が無自覚にピアノを踏み潰していくような、あっけらかんとした荒々しさがありました。

試験曲としてはマイナー過ぎること、従って採点のしようがなく、どれだけきちんと弾いても点数が伸びないだろうという理由で、一度は先生から反対されましたが、私は頑として主張を通し《野性の詩》で卒業試験に臨み、無事卒業認定を頂きました。
ちなみに卒業試験の上位者は選抜コンサートで演奏できることになっていたので、先生は万が一の可能性を捨てず、もう少し無難な曲をと薦めたのです。
4年間お世話になった師に、最後くらい素直に従うのが弟子としての孝行だったかもしれません。
それでも試験の当日、大勢の先生方の前で《野性の詩》の最後の音(ピアノの最低音を含む三つ白鍵を拳で叩きます)を弾いた時の気持ち良さといったら!…それはそれは得難いものでした。


次回に続く

ウィキペディア・紹介


2013 01 17

Villa-Lobos

文章内緑字はリンクを示しています。

編者注:記事内の写真はインターネットよりダウンロードしました。