連載 エッセイ ヴィラ=ロボス

<文 宇野智子>


リオデジャネイロ旅行記

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連載エッセイ ヴィラ=ロボス 番外編
「リオデジャネイロ旅行記」


プロローグ
1. 2011年夏、ストライキ
2. EPMの音楽家たち (前編)
3. EPMの音楽家たち (後編)
4. 2013年春、ワークショップ
5. リオの街をそぞろ歩いて
エピローグ


プロローグ



日本とリオデジャネイロの時差は12時間、両者の距離はおよそ1万8千500kmだそうです。
地球の反対側のあまりに遠いそんな国へ、二度も行ってしまったとは未だに自分が信じられません。

一度目は2011年8月29日~9月16日、二度目は今年2013年4月25~5月4日の10日間。

最初の旅では、リオ在住のフルーティスト、熊本尚美さんに通訳は勿論、現地での色々なコーディネートもして頂き、お世話になりました。
そして今年は、カヴァキーニョ奏者のだいどうじさかえさんがオーガナイズしたショーロ・ツアーに参加しました。

今回のツアーを経て、やっと二年前の滞在時のことも含め、まとまった文章が書けるような気になりました。時系列が行ったり来たりするかも知れませんが、しばしお付き合い下さい。

2011年のリオ行きは私にとって大冒険でした。
飛行機に乗ったことも数えるほどしかないのに、トランジット必須の国への一人旅、しかもポルトガル語はおろか英語さえおぼつかない状態。しかもこの頃、大学院の生活に行き詰まりを感じていた私は色々なことが億劫になっていました。

現地で資料収集をして来いという複数の人の勧告に押し切られたかっこうで飛び立ったのですが、正直なところ、この旅ですっぱり論文を書くことを諦められるかも知れないとさえ思っていました。

渡航の際、トランジットのNY空港が大雪で使用できず、米国内で二回乗り換えるという先制パンチを食らいました。
とはいうものの、チケットの変更は成田ですませられたし、海外の空港で立ち往生するよりはマシかななどと、頭を切り替えようとしていました。
そんな消極的な気持ちとは反対に、機内は(国内便のせいか)添乗員と乗客同士が打ち解け合う妙に賑やかな雰囲気。さらに米国から遅れて飛び立った便が、なぜか予定時刻よりも前にリオに到着。
そんな結果オーライのアバウトさに、普段の時間感覚とはまるで違う世界が広がっている気配はいやが上にも高まるのでした。

……ところが!!

ガレオン空港から市街地へと向かうバスの中、車窓からたびたび目に飛び込んで来たこの垂れ幕…。ポルトガル語は分からなくても、言わんとしていることは何となく分かる。

もしや!?

この時の私は、重い荷物と軽いパニックを抱えながらバスに揺られていました。
もしかしたら二年前の ”CULTURA em GREVE!” があったからこそ、今年のリオ・ツアーに参加したいと思えたのかもしれません。

続く。

Villa-Lobos

2013 6 14

編者注:記事内の写真は著者より提供を受けました。