連載 エッセイ ヴィラ=ロボス

<文 宇野智子>


リオデジャネイロ旅行記

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連載エッセイ ヴィラ=ロボス 番外編
「リオデジャネイロ旅行記」

プロローグ
1. 2011年夏、ストライキ
2. EPMの音楽家たち (前編)
3. EPMの音楽家たち (後編)
4. 2013年春、ワークショップ
5. リオの街をそぞろ歩いて
エピローグ


3. EPMの音楽家たち(後編)


前編は2013年のお話でしたが、後編は、2011年に経験したことを。

一章で書いたように、街を挙げてのストでどこにも行き場がなかった私は、EPMの授業終了後も講師たちのランチにお伴させてもらいました。これまで私が巡り会った音楽家たちは皆、大いに食べ、飲み、語らうことの好きな人ばかりです。EPMの講師たちもその例にもれず、13時過ぎに始まったランチが18時近くまで続くこともありました。

食事の際は、冷房の効き過ぎた室内よりも、外のテーブル席が好まれました。海岸沿いのレストランに日がな一日に座っていると、暖かい午後の日差し、海を渡る潮風、そして黄昏のウルカの丘から下りて来る冷気に、リオの美しい時間の流れを肌で感じることができました。同じテーブルに居た一人が洩らした「A vida é bela(人生は美しい)」という言葉が心に刻まれています。

わざわざ会議の時間をとって何も良いアイデアが浮かばなかったのに、食事の席で解決策が見つかることがある…と、尚美さんも言っていたように、彼らの会話は尽きることがありませんでした。

その席で特に頻繁に話題に上った名前はハダメス・ニャタリです。
EPMの音楽家の中には、ニャタリが立ち会ったレコーディングに参加したメンバーもいました。彼は寡黙で完璧主義な作曲家で、「演奏がダメだと黙って首を振って止めさせる。もう一度演奏して違うとなったら、もう次はない。スタジオを出て行ってしまう」ような人だったそうです。
「ニャタリの音楽を聴きなさい。」
「美しいし、トム・ジョビンの音楽の中にも、ニャタリから受け継がれたものがあるよ」
などと、彼らは口々に言うのです。恥ずかしながら、私はこの時までニャタリについて、ヴィラ=ロボスより少し年下で活動の時期が一部重なっていたという程度のことしか知らず、曲を聴いたことがありませんでした。

宿に戻ってすぐyoutubeで検索し、ニャタリ本人の演奏や、ジョビンと一緒の演奏を収めた昔のドキュメンタリー映像らしきものを見ました。
今もニャタリの《ヘトラートスRetratos》を聴くと、彼らがこの曲について熱心に語っていたことを思い出します。

さて、この「EPMの音楽家たち(後編)」で、どうしても書いておきたいことがあります。思えば、言葉もままならない状態で二度もリオに滞在できたこと自体、特別なことですが、その中でもとりわけ貴重な体験です。

尚美さんは「彼女は日本からヴィラ=ロボスのことを調べに来たけど、スト中で困ってるのよ。」と音楽仲間たちに私のことを紹介してくれていましたが、それを聞いて  
「ヴィラ=ロボスならリズムも大切でしょう。リズムのことなら話せるから、うちに来る?」
と、誘ってくれたのが…何とルシアーナ・ハベーロ!
(その時点で、彼女を単に「EPMの先生」と思っていた無知な自分でしたが。)

ルシアーナは、インディオ、ヨーロッパ人、アフリカ系黒人が、それぞれどのような文化をブラジルにもたらしたのか、それらから「ブラジルのリズム」がどのように生まれたのかを音源を用いて丁寧に説明してくれました。

また、ヨーロッパから芸術家の使節団が船でブラジルへやって来た際に、彼らを出迎えた面々の一人に、まだ若い頃のヴィラ=ロボスがいたこと。

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その使節団の中には、後にヴィラ=ロボスの作品を多く指揮することになるストコフスキもいたはずだということ(英語の文献では、ヴィラ=ロボスのパリ遊学中か、アメリカ公演の際に両者の交流が生まれたように記されていますが、ルシアーナの話によれば、もっと以前から面識があったことになります)。
ヴィラ=ロボスもホーダ・ジ・ショーロに顔を出していたけれど、主な目的は演奏よりも夜遊びだったこと。
ニャタリはヴィラ=ロボスを尊敬していたように言われているが、実際には音楽の方向性が異なり、そこまで親密ではなかったこと。

などなど…数々の興味深い話を聞くことが出来ました。あの家に招かれる資格がありながら叶わないという人が、恐らく世界中に沢山いるでしょう。本当に身に余るような機会を頂いたことをルシアーナ、そして、尚美さんに感謝するばかりです。

余談ですが、このルシアーナのレクチャーに同席していた日本の方(ポルトガル語が堪能!その節は大変お世話になりました。有難うございます!)に、リオ滞在中、幾つかのライブに連れて行ってもらいました。演奏自体も素敵でしたが、そこに集まった人たちが実に自然に音楽を楽しんでいた様子が強く印象に残っています。演奏にのって踊り出す人のすぐ横で、座って聴いている人もいて、一人で来ている人も、家族揃って来ている人も、誰もが思い思いにくつろいで音楽に浸っていました。 
自分がいま身を置いている場を自然に享受できることがどれだけ人の生き方に安定をもたらすか……EPMの音楽家たちからも、リオに住む人たちからも、それを教わったような気がします。


2013 08 27