ショローンとその時代

彼らの生んだショーロスタンダード。






エヴァンドロ・ド・バンドリン
Evandro do Bandolim
(Josevandro Pires de Carvalho)
1932(ジョン・ペソア)-1994(サンパウロ)




Evandro do Bandolim

ジョン・ペソアで生まれ、リオデジャネイロで学び、サンパウロで活動したバンドリニスト。

19世紀後半に新生ブラジル王国の首都リオデジャネイロで生まれたショーロという音楽スタイルは、1930年代、レコードやラジオの普及、ジャズなどの新しい音楽の出現によって衣替えを余儀なくされました。それでもピシンギーニャ、ベネジット・ラセルダ、ジャコー・ド・バンドリンらには「ブラジル的なるもの」が確かに感じられます。

1960年代は新しい文化の胎動と混乱の時代。
(いささか乱暴な括りですが、)中国の文化大革命、パリの5月革命、アメリカに登場したヒッピー、日本においては全共闘等など、学生や市民による「革命」のエネルギーは熱病さながらに世界中に広まりました。
またテレビジョンの普及によって海外のニュースやムーブメントが直接家庭に送り込まれ、この時代に欧米先進国で生まれた音楽=ロックは瞬く間に世界中の若者の心をとらえたのです。

無論、ブラジルもこの変動と無縁ではいられません。
1964年の軍事革命は、学生や市民の反抗に対しての政治的レスポンスでした。この独裁政権に抵抗するにせよ無関係を装うにせよ、大多数の若者たちはテレビに映し出されるロックの「国際性」に惹かれ、その一方で「ブラジル的」なショーロが生きられる場所は急速に狭まっていきました。

軍事革命の翌々年の1966年、34歳のエヴァンドロはリオからサンパウロに活動の場を移しました。
ショーロというひとつの「ブラジル的なるもの」が消えかかっているとき、マセイオ通りにあったボヘミアンの集まるバー "Bar Jogral"(バル・ジョグラル) などで、伝統的なスタイルを守りながら、エヴァンドロは小さな灯をともし続けたのです。

多くの歌手のバックを務めるバンドリニストとしての重宝されましたが、元々は13歳で名手ルペルセ・ミランダに手ほどきを受け、師に伴ってリオの様々なホーダに参加、またラジオ局ツピやマイリンク・ベイガにも出演するなどショーロの盛んな時期にそのキャリアを始めています。

その風貌から、前時代的ショービジネスを懐古する老ショローンのように思われがちですが、数々の逆境を乗り越えてきたエヴァンドロを侮ってはいけません。
シンプルな響きの中に洗練された都会性があり、哀しみ・楽しさという対極の要素を一つの調べに乗せて表現する「ショーロの魂」が、彼の演奏に宿っています。

死後、その業績を称え、サンパウロ市内サンタ・イフィジェニア地区の楽器店にサーラ・エヴァンドロ・ド・バンドリンが設けられました。

2014 10 15


参考:Brasil, Flauta, Bandolim e Violao ライナーノーツ Jose Ramos Tinhorao
Evandro e Seu Regional「ショーロの調べ」ライナーノーツ 高場将美
Dicionario do Cravo Albin, Musica Popular Brasileira
Musico do Brasil, Uma Encyclopedia Instrumental