作曲家列伝 

彼らの生んだショーロスタンダード









Jacob do Bandolim




ジャコー・ド・バンドリン(Jacob do Bandolim)

(本名 Jacob Pick Bittencourt) (1918-1969)




現代ショーロに最も影響を与えた人物と問われれば、ピシンギーニャとジャコーの二人の名を挙げることに、誰も異存がないと思います。
エルミニオ・ベロ・デ・カルバーリョ(作詞家(Noites Cariocas等)、 Erminio Bello de Carvalho)の言によれば、「ピシンギーニャは私の音楽であり、ジャコーは私の楽器である」とのことです。

ジャコーは、リオデジャネイロに生まれ、少年期にバンドリンを与えらました。
そして、ブラジル音楽界にバンドリンを主要な楽器として確立させ、<バンドリンのジャコー>と称され、今では誰も本名では呼びません。

一方、その実人生では、一度も専門の音楽家であったことは無く、ショラオン(ショーロミュージシャン)らしく公務員(裁判所、警察の書記)であったり、保険外交員、薬屋店員など、亡くなるまで別の職業で生計を立てていました。

これは、その名声にもかかわらず、レコード会社や出版会社からの圧力を受けずに、作曲・演奏活動を行いたいとの気持ちだったと言われていますが、個人的には、「19世紀以来、ショラオンたちは、プロとアマチュアの垣根が無く、囚われることなく自由に演奏していた」という伝統に無意識に則っていたような気がします。

その51年間の人生で作られ、愛された曲は多く、Noites Cariocas, Receita de Samba, A Ginga de Mane, Doce de Coco, Assanhado, Treme-Treme, Vivracoes, O Voo de Mosca等があります。

1966年に、名バンド エポカ・デ・オウロ(Epoca de Ouro)を結成しました。このバンドは今でもメンバーを変えながら続いています。
当初のメンバーは、Dino 7 Cordas, Cesar Faria, Jonas, Carlinhos,Gilberto そしてJorginhoです。


上記文面掲載後、フォンフォン会員の方から、以下の様に、ご指摘がありました。

「初期のエポカ・デ・オウロには、ジョルジーニョ・デ・パンデイロ(Jorginho do Pandeiro)は入っていないにも係わらず、ジャコーはジョルジーニョと一緒に演奏したかったので、レコードを発売する時にジャケットに、勝手にジョルジーニョの名前を載せてしまった、この為、誤解が生じた。」との話がある事です。

ショラオンのゆるい感じからすると如何にもありそうな話です。

ここに、この話も併せて掲載します。
ご指摘ありがとうございました。




作品







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