片山叔美のエッセイ



プロローグ:アデミルジ・フォンセーカについて


私のサウダージ、アデミルジ・フォンセーカ



1921年、ブラジルのリオ・グランジ・ド・ノルチに生まれ、ショーロの女王と呼ばれた歌手アデミルジ・フォンセーカ(Ademilde Fonseca)。
1942年にベネジット・ラセルダ率いる楽団をバックにショーロの有名曲「チコチコ・ノ・フバ」を歌いデビュー。
早口な歌詞を歌う可愛らしい女性歌手として瞬く間に大人気を得る。
1950年にはヴァルジール・アゼヴェードの「ブラジレイリーニョ」の歌版をリリース、爆発的な人気を呼び、ヴァルジール自身の前年のヒットをさらに後押する形となった。その後も常にショーロ歌手として代表的存在であり続けた。2012年3月に死去。
亡くなる前日に収録されたTV番組には91歳でなおも愛らしい彼女の姿が残っている。番組は死後に放映され、多くの国民があらためて敬意と感謝の思いを込めてその姿を見つめ涙した。

アデミルジに魅せられてショーロを歌い始め、彼女の最初で最後の弟子となった片山叔美が、今は亡きアデミルジとの思い出をここで語ろうと思う。

片山叔美







著者紹介

片山叔美



ショーロ歌手。
アデミルジの歌うショーロに魅せられ、2004年と2011年、ブラジルに渡りアデミルジに直接指導を受ける。
滞在中はほとんどの時間をアデミルジと過ごし、彼女のステージに客演、音楽活動を共にする。
アデミルジがカルメン・ミランダのファンであったことからカルメンの魅力を知り、以来、アデミルジのショーロとカルメン・ミランダのサンバを中心に歌うこととなった。
その後もアデミルジが亡くなるまで親密な交流を続けた。

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