片山叔美のエッセイ

私のサウダージ、アデミルジ・フォンセーカ



<文 片山叔美>


アデミルジとの交流

(2) 始まり ~ちょっと怖い昔の事件




「じゃあ、ヨシミが日本からやってくるのを待っているわ」
アデミルジと電話で約束を交わした。
まぁ彼女も社交辞令で言ったのかな、とは思いつつも、こちらとしてはブラジルへ行く明確な目的ができたわけで、過保護な家族や祖父母には大げさに「ブラジルの美空ひばりみたいな人(ちょっと違うが)に、おいでと言われたから仕方ないでしょ~、ブラジルに行ってくる」と騒ぎ立てて説得し、知人ミュージシャンと共にブラジルへ渡ることになったのであった。

初の海外旅行。
まずはサンパウロに一週間程滞在。
その後リオデジャネイロに到着し、アデミルジに電話をすると、
「あなた、今までどこにいたの?リオ中のホテルにヨシミ・カタヤマという日本人の女の子が泊まってないかって電話して探しちゃったじゃないのぉ!無事で良かったわー!じゃ、今からあなたのホテル行くから」

どうもサンパウロにしばらく滞在してからリオに行く、ということが通じていなかったらしく…
アデミルジにとって、私は一週間行方不明の人になっていたのだった。

アデミルジ・フォンセーカ

電話でのアデミルジはとてもハキハキとしていて、言葉もお年寄りにありがちな聞きにくさは全く無く、年齢を感じさせなかった。
とは言え、その頃で83歳。
私はネット上やCDのジャケットで若い頃の写真しか見たことがない。
果たしてアデミルジはまだ歩けるのか、言葉の分からない私と会話して疲労のあまり心臓発作でも起こされちゃかなわん…などと失礼ながら思ってそわそわしていたのだが、間もなくしてアデミルジが私の滞在しているホテルに現れた。

会った瞬間、そんな不安は吹っ飛んだ。
まるでステージ衣装のようなショッキングピンクのドレスに、キラキラした大振りなアクセサリー、金髪をま~るく綺麗にセットして、大きなサングラスをかけた女性が、ハイヒールで颯爽と、しかも若い男性を引き連れてやって来たのだから。
男性はアデミルジの友人で、ブラジルの古いサンバやポルトガルのファドを歌う歌手とのことだった。
この時の写真、是非とも紹介したかったが、撮影したカメラが盗難にあってしまい…非常に残念だ。

アデミルジと交流が始まった。
いつでも家においでと言う。
滞在先はアデミルジを探して下さった方の親族が勤務しているコパカバーナのホテルで、彼女の家まで歩いて行ける程の距離だった。
事前にインターネットの地図で家の場所を見てみると、どうも丘の辺りらしく、行き止まりの手前に位置している。
ブラジルで「丘」と言えば、真っ先に連想するのがファヴェーラ(ブラジルのスラム街で一般的に危険と言われている)なので、やや不安を覚えた。

画像の説明

だが実際に訪問してみると(嗚呼、良かった!)高級住宅地の一角のマンションだった。
ファヴェーラはマンションの目の前にある岩肌の丘の向こう側にあり、そこの住人は直接こちらに来ないのだそうだ。
その岩肌のてっぺんを気に入って眺めていた私に、彼女は言った。
「以前、この上から猫が人間の指を咥えて降りて来て、ヘリコプターが飛び回るような大ニュースになったの」…!!

ほとんど毎日アデミルジのマンションへ通い、共に時を過ごした。
外出の際にはああじゃない、こうじゃないと何回も洋服を着替え、相当急な坂を下るのに厚底のサンダルを履くので私は必ず手を引いて降りたものだった。
コパカバーナの街へ行けば、あちこちの服やアクセサリーや化粧品のショップに立ち寄って物色し、83歳の行動とは到底思えなかった。

ところで彼女は昔、自分のファンの中から同居人を募って一人の女性を選び、以来、何十年も一緒に住んでいた。
この同居人は最初、私のことが気に入らなかった様子で、私が家に来る時は出かけてしまうことが多かった。
しかし、二人でせざるを得ない食料品の買い物などで、荷物を持ってあげたりしているうちに少しずつ打ち解けて、更にスーパーのレジの店員の前で日本人の私に早口ショーロを歌わせて面白がられるという快感も得たらしく、終にはすっかり仲良くなってしまった。

これも音楽の力!?




<おまけ>



2012 12 20

注:記事内の写真は著者から提供されました。