2018年6月5日

フォン・フォン

フォン・フォン

Maestro FON-FON (Oatviano de Assis Romeiro)
1908-1951

 


アラゴアス州の州都マセイオの西に広がるマンダウ湖(Lagoa Mandau)対岸の小さな町サンタ・ルジア・ド・ノルテ(Santa Luzia do Norte)で産まれました。

彼の事蹟を辿ると、不屈の精神というか、七転び八起きというか、初心貫徹なのか、色々な言葉が浮かびます。まだこれからという時に亡くなったのか、その時だったのか、半分羨ましい気もするのですが、やはり若すぎる。

さて、フォン・フォンの最初の音楽体験は小さな町の伝統は道路や教会の前の広場や様々な所での演奏でした。彼の最初の音楽学校です。
学校に入る前に「逃亡奴隷」の村キロンボにあるムグンバファミリーのピファノ(小さなフルートの様な楽器)バンドで吹いていました。

小学校はペルナンブコ州都レシフェの学校に通い始めましたが直ぐに退校しサンタ・ルジアへ戻ってきました。
叔父さんの助力で4000キロ程離れたサンパウロへ向かいます。就職口を色々当たりましたが兵役終了の証明書が無く上手くいきません。ようやく一石二鳥と云うか軍警に入れました。希望配属先は音楽隊。目標は音楽家としての人生です。ところが楽譜が読めません。結局ここも諦め再び故郷に戻ることにしました。

今度はマセイオで父親の代父の助力で商業学校を卒業し計理士の免除を手に入れ、漸く正式に経理事務所で経理の仕事に就けました。まだ10代後半です。

27年19歳で再び音楽に向かって世の中に飛び出します。
リオデジャネイロの陸軍歩兵隊に入隊しました。ここでレシフェの音楽であるフレボ(Frevo)の先生であり軍楽隊副指揮者のガラフィーニャ(Garrafinha)について音楽をもう一度学び直し、デデ(Dede)と一緒にサキソフォンを始めました。このデデがオタビオのサックスの音がフォンフォンと鳴るので”Fon-Fon”とあだ名を付けまたらしいです。
(説は色々あるようですが、もう一つの説はリオの新聞のフォン・フォンの追悼記事にあるもので、軍楽隊時代にサキソフォンで車のクラクションを真似ていたからだと云うものです)

30年に軍隊を辞め(音楽家としての可能性を見出す為)、色々な楽団で腕を磨きロメウ・シルヴァ楽団に入団。32年に初めてのレコード録音に参加します。

35年リオに在ったカジノ”Cassino Assírio”に声をかけられ初めての自分の楽団を結成します。 (彼の楽団はブラジルで最初にサックス、金管楽器をパート分けしています)
41年アルゼンチンでの演奏旅行が終わるとオデオンと契約、42年から47年にかけレコード録音が続きます。
この頃の共演者はアタルフォ・アルヴェス、ジャッララカ&ラチーニョ、ジルシーニャ・バチスタ、エミリーニャ・ボルバ、フランシスコ・アルヴェス、ジョエル&ガウショ、アラシ・デ・アルメイダ等々。
47年の録音にはフォン・フォンの作曲、マリオ・ロッシ作詞、オデッテ・アマラルの歌のショーロの古典「ムルムランド」が含まれています。
(”murmurar”は囁く、或いは小声で悪口を言うという意味ですが、「ムルムランド」のメロディは女の人がつれない男の繰り言を言っているような気がします。どうなのかと疑問に思い、歌詞を読んでみたらどうやら男の浮気に怒っているみたいで直観は正解のようです)

この年パリのエリゼ・クラブ”Club Champs Elysées”より招待を受けヨーロッパへ。これから4年に亘るヨーロッパツアーを始めます。途中なん名もの団員が望郷の思いから楽団から去っていきました。
フォン・フォンは51年ギリシャのアテネ公演中心不全で客死します。43歳でした。

 

Murmurando

Murmurando esta canção
Eu sei que o meu coração
Há de suplicar, amor
Vem matar tanta dor

この歌を歌うとき
胸が痛んで
この愛が
無くなれと願うの

Amor, tanta dor há de chegar ao fim
É melhor, bem melhor, amar e viver sem imitar Caim
Por que mentir, trair, matar
Em vez de amar?

終わりのない愛の痛み
カインのように愛を殺してまでは生きて行きたくない
何故嘘をつくの? 何故裏切るの?
愛して欲しいのに

(貝塚訳)

 

 

参考:A história de Alagoas Mastro Fon-Fon
bolgspot Maestro Fon-Fon
Dicionario Cravo Albin

ショローンとその時代