日本書人伝

久しぶりに父親と話した。
但し夢の中で。

母親の掛りつけの医者から「処方箋に抜けている薬がある」と連絡があった。
見れば痛風の処方が書かれていない。
母親に「痛風の処方は?」と問うが、いつもの如く「分からない」との返事。
僕は「もう一つ処方箋があるだろう。何処よ?」とイラっとする。
そこに父親が登場。
「どうした?そんなに大きな声を出して」
「お袋が痛風になったの覚えていないかな?」
「確かそんなこと言ってたな。はっきりとは思い出せないけれど」
「覚えていないかもね。何せ死ぬすぐ前だったから」
「そうかもしれない。死ぬすぐ前だったから」
「仕方が無いよ。死ぬすぐ前だったし」
ここで目が覚めた。
夢に現れた父親は従前の通りだったのですが、痛風持ちは母親で無く僕の方。
妙に切なかった。

日本書人伝

日本書人伝

僕は悪筆だ。
下手な字と共に生きて行くのはそれなりの覚悟が要るが彼たち(悪字)を手放そうとは思わない。
「字がお美しい」なんて誉められるのは恥ずかしい。(物凄い上手にはなりたいけど、教科書みたいな「お上手」は嫌なのだ。)
「日本書人伝」
色々な人が様々な能筆家について語っている。
語っている人が語られている人より字が上手い訳では無い。
みんなそれを承知の上で伝えたいことがあるのだ。
字が上手いだけでは生きて行けないし、生きていく内に字が上手くなった人もいる。
「美しい文字」は一通りでは無い。

話は再び変わる。
戦前の世代は字が上手く手紙の文も熟れている。
手習いと手本。
簡単に習字や文章が上手くなる訳では無い。
戦争を境に教育が変わり、僕は「下手でも構わない。問題は内容だ。さあ自由に書きなさい」と言われた民主教育世代だ。
上手くなる為の稽古の時間を惜しみ、他の事に使おうと言う合理的な考えだ。
どうなったか?
字は相変わらず下手。他に誇るべき物の在りや否や?
「これでいいのだ」と言う者もいるが…

ショーロはこうして誕生した

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最近アマゾンのランキングでは100位前後。
全国のショーロマニアには行きわたったのでしょうか?
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