馬車が買いたい!

太陽の光エネルギーを電気に変えるのは光発電である。
汗を光に変える方法もある。
自転車を漕いで発電するのだ。
漕ぐのはお父さんの役目である。
最初は物珍しさも手伝って「お父さん頑張って!」と子供たちの声援もある。
小一時間も経つとお父さんは悲し、そこには誰もいない。
夕食後の夜は長い。
「どうだお父さんの作った電気を味わってみないか?」
「別に」と子供たち。
「いいから、いいから」と電源を切り替えテレビをつける。
〇〇〇(子供たちが好きな番組名)が流れる。
〇〇〇にはお父さんの汗に足る価値があるのか?
またお父さんの電気で〇〇〇を終わりまで見られるのか?
皆が寝静まった後「光あれ!とは確かに俺が言い出したのだが…」とお父さんはウィスキーソーダを傾けて嘆くのだ。

馬車が買いたい!

馬車が買いたい!

馬車が買いたい! 鹿島茂著
18世紀から19世紀にかけてパリにやってきた貧乏学生は金持ちになりたかった。
それはパリ社交界にデビューしなくては適わない。
誰か手引きをしてくれないか?
「ブルジョワ夫人の愛人」になるのが早道だ。
チュイルリー公園を散歩して目立とう。
で、無い金をはたいて流行の服をパレロワイヤルで誂え公園へ。
しかしたとえブルジョア夫人の目に留まっても、かの家のパーティーへ行く為には馬車が必要だ。
馬車を買うには金持ちにならなくてはならない。

という循環論法が今でも有効ならきっと人類の歴史はいつもそうなんだろう。
「金持ちは金持ちになる秘密を明かさない」
「その秘密の鍵を手に入れたい」
「その為に、馬車が買いたい!」

 

<自転車では駄目か?丁度良いのが一台余っているぞ>と呟くお父さん。

 

フォンフォン・ブログ

error: Content is protected !!