2017年7月11日

ペドロ・カエターノ

Pedro Walde Caetano
(1911-1992)

靴屋のペドロ

ショーロファンならば、クライジオノール・クルス(Claudionar Cruz)との数多くの競作、MPBファンならば エリス・レジーナ、エルザ・ソアーレス、ベッチ・カルヴァーリョの歌で、彼の名前を聞いたことがあるかも知れません。ショローンというよりサンビスタの方が近いでしょが、細かい話は横に置いといて。

30年代40年代の「ラジオの時代 」の売れっ子作曲家の一人でした。偉大な歌手二人(私の個人的趣味ですが)、Orlando Silva,とFrancisco Alvezに曲を書き、大ヒットを生みました。
オルランド・シルヴァにはクラウジオノールとの共作でCaprichos de Destino(運命に翻弄されて1938)、フエランシスコ・アルヴェスにはアルシール・ピレス・ヴェルメーリョとの競作で、”Sandalia de Prata (銀のサンダル)”(1942)です。

48年のカーニバルには、最大のヒット曲”E Com Esse que Eu Vou (これとなら私はやれる)”が生まれ、25年後にエリス・レジーナが再び取り上げました。
またサンビスタとしてカーニバルのためサンバ・マルシャも残しています。
Francisco Alvez (Eu Binrco(com Pandeiro sem pandeiro),”Tudo Mundo Enche (みんな嫌になっちゃった)” (競作:Alexandre Dias Filho),”Jambete Sensacao (素敵な茶色の肌)” (競作:Claudionor Cruz)

リオデジャネイロに程近くサンパウロ州内の山に囲まれた町バナナル(Bananal)で生まれ、9歳でリオデジャネイロに両親と共に引っ越し。その頃にはピアノを弾いていたということですが彼は一生を通じてプロフェッショナルな音楽家であったことはなく、リオデジャネイロの町の靴屋が本業で一生を過ごしました。
これがショローンの本領でしょうか。

2017 July 11 wp

 

参考:Dicionario do Cravo Albin, Musica Popular Brasileira

 

 

ショローンとその時代

 

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