2018年4月12日

アンドレ・ヴィトール・コレイア

Andre Vitor Correia
(アンドレ・ヴィトール・コレア)
1888-1948

 

1888年リオ生まれ、1948年にリオで亡くなっています。
と言うと、ピシンギーニャより9歳年上になります。

彼の写真が見つからず、有名な彼の曲のスコアで代理しています。悪しからず。

さて、アンドレはクラリネット及びサックス奏者であり、連邦広報局の公務員でもありました。独身でもセバスチャンと言う子供を一人残しています。
彼の曲、”Andre Sapato Novo” (アンドレ・サパト・ノーヴォ)「新品靴のアンドレ」一つで、ショーロ史にその名を刻まれています。

1925年から31年まで、アメノ・レゼダ(Rancho Amemo Reseda)のハーモニー責任者であり、36年にショーロ”Comigo e no Beiço” (コミーゴ・ノ・ベイソ (僕と一緒ならタダ))をオデオンで録音しています。
その頃ジャズバンドを編成しクラリネットをサキソフォンに持ち替え、Andre Saxfonista(サックス吹きのアンドレ)と呼ばれていました。
アンドレ・サパト・ノーヴォは47年にピシンギーニャとベネジット・ラセルダにより録音されていますが、その後アベル・フェレイラ、アルタミロ・カリーリョ等もアルバムに取り入れています。

この奇妙な曲名「新品靴のアンドレ」の由来は、本人が語っています。
「この曲は一つの痛みを表しています。昔、ダンスパーティーに行ったとき、新しい靴を履いていたのですが、それが小さくて足が痛くなったのです。」

 

参考:Dicionario Crabo Alvin da Musica popular Brasireila Andre Votor Correa

ショローンとその時代