連載 エッセイ ヴィラ=ロボス

<文 宇野智子>


リオデジャネイロ旅行記

カテッチ宮殿(Palácio do Catete)



連載エッセイ ヴィラ=ロボス 番外編
「リオデジャネイロ旅行記」


プロローグ
1. 2011年夏、ストライキ
2. EPMの音楽家たち (前編)
3. EPMの音楽家たち (後編)
4. 2013年春、ワークショップ
5. リオの街をそぞろ歩いて
エピローグ


1. 2011年夏、ストライキ



ブラジルのデモは収束に向かうどころか、要求が細分化されて拡大しているようです。
ブラジル連邦共和国大統領ルセフ氏も、若い頃には左翼活動組織に身を置いて秘密警察に投獄された過去をもつ方、この荒波をうまく切り抜けて国家を良い方向に舵取りしてほしい、と勝手ながら思っています。

さて、前回の「CULTURA em GREVE!」、お分かりになった方も多いでしょう。
「culture in strike(カルチャー、スト中につき)」という宣言だったのです。この垂れ幕は街中の文化施設に掲げられ、私の記憶が正しければ、今期W杯の会場の一つであるマラカナンスタジアムにもあったように思います。

ガレオン空港(リオデジャネイロ国際空港)から市内までは渋滞がなければ、日本の立体高速道路のような道路を走って30分弱。その車窓から見える景色は、あまりきれいなものではなく、劣化して放置された建物や、壁の落書き、丘の上にぎっしりのファベーラなどなど。
それらは海外に不慣れな私に、ガイドブックに載っていた「注意すべきトラブル」を次々と脳内再生させる光景でしたが、さらに街に入ってもストライキの垂れ幕一色!
その時の私の心中、お察し頂けるでしょうか。

画像の説明

無論、現在のデモと比べれば至って穏やかで、日本の春闘のようなものらしく、例年だと数日でスト解除されることもあるそうです。
それでも、2011年は各々が協定を結んだ大々的なものだったらしく、個々の施設の判断で勝手に開館することは不可能、解除日は未定、という旅行者にとっては発狂しかねない事態でした。

渡航前、事前にヴィラ=ロボス記念館にメールで問い合わせた時にはストの「ス」の字も書いてなかったのに!
せめてヴィラ=ロボス記念館にだけでも入館しなければ、休み明けに大学の教授に何を言われるか、考えただけでぞっとしました。
ラテンの気質は理解できないが、ブラジル人なんて底抜けに陽気でちょっとずるくて、でも吞気で憎めないような民族だろう、と言ってのける人でしたから、ストライキの予定は知らされなかったと弁明しても、それみたことか、やっぱりいい加減な国だなどと呆れられるに違いありません。

一度そんな固定概念が形成されてしまったら、教授は今まで以上に私が学びたいこと、表現したいことに興味を持ってくれなくなるでしょう。
一方で、これも何かの巡り合わせで、大学院を辞めるという選択を促されているのかも知れないという思いもよぎり、リオに着いた初日から混乱していました。

けれど、どんな時にも手を差し伸べてくれる人はいるものです。現地でお世話になったフルーティスト、尚美さんのお友達、のお友達にヴィラ=ロボス記念館の関係者がいて、数時間でもいいから開館してくれるようにと電話で頼んでくれたのです。
帰国の前々日に、明日一日だけ開館を決めたからおいでという連絡が入り、無事資料の複写が叶いました。
やはりリオ在住のヴィラ=ロボス研究者も多く、開館を望む声が多かったようです。
訪問した翌日からはまた閉めるということでしたから、本当に幸運としか言いようがないタイミングでした(ヴィラ=ロボス記念館の様子はこちらから読めます。)。

事前にガイドブックを見ながら楽しみにしていた美術館や博物館は、ほとんどずっと閉館でしたが、ヴィラ=ロボス記念館の近くにあるインディオ博物館(ÍNDIO NOMUSEU)と、ヴァルガスが大統領として住んでいたカテッチ宮殿(Palácio do Catete)には入ることができました。
どちらも小学生の課外学習の定番施設だったらしく、外国人を珍しがった子どもたちが、通りすがりに私を激写(!)していきました。

小さい頃に空想していたお城をそのまま具現化したようなカラッチ宮殿は、豪華な部屋ばかりですが、ヴァルガスがピストルで自ら命を絶った場所でもあり、銃弾の通った穴と赤黒い血が左胸に付着したままのシャツも展示されています。
常設なのかは不明ですが、2011年にはEPM(ショーロ学校)の演奏風景のパネル写真も! 毎週末の大合奏はもはや街の風物詩になっているのでしょう。
2013年の旅では、入場自由の宮殿の庭を散歩したり、近くのジューススタンドでアサイーを買って休んだりと、のんびりできる憩いの場となりました。

インディオ博物館では、学校の先生が子どもグループを先導して熱心に説明しているところに遭遇しましたが、話の内容は全く分からず…。
もししっかりポルトガル語が分かれば、とても貴重な機会になったことでしょう。
館内はかなり暗い照明で、そのせいかインディオの伝統的な衣装の鮮やかさが際立っていました。
日本の縄文・弥生時代の立体ジオラマのようにインディオのテントが展示されているブースでも、ライティングで日の出、日の入りが一定周期で再現され、照明効果を意図的に取り入れている博物館のようです。

当初は、ヴィラ=ロボスも通った(?)という歴史博物館を見て、美術館や植物園、動物園も行って、とにかくリオのことを色々な側面から学ぼうと思っていましたが、文化的な施設で行くことができたのは、(ヴィラ=ロボス記念館を除けば)上記の二つだけでした。

予定していた美術館、博物館巡りを断念し、私は一体何をしていたのでしょう?
海岸で日がな一日、ぼーっと過ごしていたわけではありませんよ。
次回はいよいよショーロ学校と、音楽の豊かさを再び気づかせてくれたあれこれについて、今私が書けることを書きたいと思います。
お待たせしました、今年(2013年)の旅行話も次回からやっと始まります。

続く。



ÍNDIO NO MUSEU/Museu do Índio(インディオ博物館)
Rua das Palmeiras 55 - Botafogo(ボタフォゴ区パウメイラス通り55)
http://www.museudoindio.gov.br
Palácio do Catete(カテッチ宮殿)
Rua do Catete, 153- Catete(カテッチ区カテッチ通り153)


Villa-Lobos

2013 7 3

編者注:記事内の写真はインターネット上でダウンロードしました。