連載 エッセイ ヴィラ=ロボス





<文 宇野智子>


リオデジャネイロ旅行記

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連載エッセイ ヴィラ=ロボス 番外編
「リオデジャネイロ旅行記」

プロローグ
1. 2011年夏、ストライキ
2. EPMの音楽家たち (前編)
3. EPMの音楽家たち (後編)
4. 2013年春、ワークショップ
5. リオの街をそぞろ歩いて
エピローグ


5. リオの街をそぞろ歩いて


私のリオ滞在は、2011年と2013年を合わせても一か月に満たない日数です。どちらの旅でも同じ地域から出ることはなく、ストライキや思いがけない出会いなどで度々予定が変わったりして、観光らしいことはあまりできませんでしたが、いくつか訪れた場所のことを書きたいと思います。

植物園はぜひ訪れたいと思っていた場所でした。
「ヴィラ=ロボスの音楽を知りたかったら森に行ってごらん、リオの植物に触れてみると分かることがたくさんある」
ヴィラ=ロボス記念館でそう教えてもらいながら、一度目の旅では果たせなかったのです。
朝早く行った方ががいいよ!という、だいどうじさんのアドバイスに従い、観光客で混み合う前の開園直後、ほぼ貸し切り状態の園内を、ちょっとした探検気分で歩くことができました。

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日本の植物園のようにネームプレートが付いているわけではなく、名前も分からない木々。そのどれもが規格外に巨大です。そもそも植物園じたいが規格外な広さで、ゆっくり廻っているとあっという間に3時間以上経ってしまいました。園内のカフェテラスで昼食をとったら丸一日ここで過ごせそうです。
ハーブ園とその研究所らしき建物があったり、遺跡を保存する記念館のような建物があったり。校外学習なのでしょう、地元の小学生たちも先生に引率されて見学していました。
ポトポト音がする一角があったので近付いていくと、目の先スレスレを勢いよく果実が落下していきました。よく見ると地面に点々と濃い紫色の染みが……慌てて離れましたが、熟した実がひっきりなしに落ちてきて、あれに直撃されたら髪も服もかなり悲惨なことになりそうです。

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日本庭園やメキシコ庭園は予想の域を出ないものでしたが、お土産物のモチーフにもなっているヤシの木の道は圧巻でした。
天にそびえる柱のように並ぶ赤銅色のヤシは、一本一本が定規をあてたように真っすぐです。ひと気のない木々や植物の群落の中を歩いていると、シュールな夢の中にいるような気分になりました。それはヴィラ=ロボスの、時に脅威でさえある和音の圧迫感、詰め込まれた多様な響きを、思い起こさせる光景でした。

2011年に連れて行ってもらったライブハウス「セメンチ」で「武満徹の音楽が好きなんだけど、他におすすめの現代作曲家はいるか」と話しかけてきた同世代のブラジル人がいました。やはり彼も日本の四季や自然の美しさと重ねて音楽を聴いているのでしょうか。
ちなみにその時は、私も大学で教えを賜った湯浅譲二(ウィキペディアへ↓)をおすすめしておきました。武満徹とも親交があった湯浅先生の作品は、いくつか ネット上にアップロードされているので、言葉でその良さを伝えられなくても、名前のスペルに『Youtubeで聴けるよ!』と一言添えるだけで、遠い地球の裏側で、彼のオノマトペの合唱曲が聴かれることになったかも知れないと思うとちょっとわくわくします。
 
午前中の散歩にぴったり、と尚美さんから伺っていた海岸沿いも何度か歩きました。近くの会場でショーロ・ライブを堪能した帰り道のひんやりとした潮風は記憶に鮮明です。
海が近接している街は、空模様も気温もめまぐるしく変わります。

変わるといえば、セントロの様子にも最初は戸惑いました。近代的なビルが建ち並ぶオフィス街から一つ角を曲がるとヨーロッパの街角のような(といっても欧州を巡ったことはないのですが)こじんまりした商店が並んでいます。ほんのわずか歩いただけで景色が一変してしまうので、まるで強制的にワープさせられているようでした。

2013年にツアーメンバーの皆さんと一緒に市場を廻ったのも良い思い出です。だいどうじさん、ヴァレリアさんイチオシの屋台フードの香ばしい匂い、魚や鶏を積み上げて売っている活気溢れる雰囲気は、ちょっと上野のアメ横にも似ていました。前回のエッセイでも野菜の清々しいエネルギーについて触れましたが、見慣れない魚にも、グロテスクな肉の塊にもいのちのパワーのようなものが満ちていて、まるで生きている博物館のようでした。

2011年に訪れたコルコバードの丘は、私が訪れた中で最も「THE 観光地!」というべき場所で、ケーブルカーも頂上も非常に混み合っていました。眼下は雲が厚く、ベストコンディションではなかったものの、目の前で見るキリスト像は真っ白で実に巨大です。首を限界まで仰向けないと全貌が見えません。

そういえば、この「首を限界まで仰向ける」景色をリオデジャネイロではたくさん見た気がします。月並みですが、晴れ渡った空はどこまでも青いし、街路樹でさえも見上げればきりがないほど。そんな景色や風土に育まれる「文化の違い」や「生活感の違い」に思いを馳せました。

もっとも、大きい空間であれ、小さな空間であれ、そこに住む人それぞれちょうど良い暮らし方があるといえばそれまでかもしれませんね!

2013 11 04

写真は著者から提供されました。