連載 エッセイ ヴィラ=ロボス

<文 宇野智子>


(22) 群馬県のブラジル人学校へ行く



アンサンブル・ノマド




一昨年と昨年、夏真っ盛りの日に、群馬県のとあるブラジル人学校へお邪魔しました。アンサンブル・ノマドのアウトリーチ活動を見学するためです。
ギタリストの佐藤紀雄氏が率いるアンサンブル・ノマドは、「遊牧民」という名の通り、あらゆるジャンルの音楽を横断し、自由な発想で演奏するアンサンブルです。普段は現代音楽が中心ですが、朗読やラップといった声とのコラボレーションなど、そのパフォーマンスは毎回予測不能で、新鮮な驚きに満ちています。

Nomad

一方、訪問するブラジル人学校は音楽の授業もなく、生徒達もコンサートに行った経験はない、また日本語もあまり得意ではないということでした。
最初に訪れた時、彼らは初めての音楽体験を前に、かなり緊張しているように見えました。というのも、この学校、特に厳格な校風で知られているようで、演奏の直前にも、先生方が「これから素晴らしい方々があなた達のためにわざわざ演奏して下さるのですから、礼儀正しく静かに聴かなくてはいけませんよ! 分かりましたか?」と言い聞かせていたのです。(先生もブラジル人で、当然全てポルトガル語。雰囲気翻訳です。)

とは言うものの、プログラムにはみんなで一緒に体を動かす手遊び歌があったりして、子ども達も次第に活き活きとした表情に変わっていきました。音楽が奏でられた瞬間、ぐっと集中して音楽に耳を傾けているのが傍目でもよく分かりました。緊張や気恥ずかしさが一挙に消えて、曲に引き込まれていく様子は見ていて微笑ましいものです。

アウトリーチといっても、一般向けのポピュラーな作品に留まらず、現代の作品もさりげなく演奏していたのですが、子ども達はどんな音楽も自然に分け隔てなく楽しんでいました。
「音楽は楽しいもの、親しみ易いもの」と理解した時の表顔は、きっと万国共通なのだと思います。
翌年の2度目の訪問では、彼らが一様に「あ!去年の人たち!」と期待に満ちた眼差しでノマドの皆さんを見つめていたのが非常に印象的でした。音楽鑑賞が、楽しい体験として心にちゃんと残っていたんでしょうね。

子ども達の日本語習得を支援している団体の方に伺ったところ、彼らは出稼ぎ労働で日本へ来たブラジル人の子どもが殆どで、帰国することは現在なかなか難しい状況のようです。だから学校へ通える期間にしっかり日本語を覚えて、日本で働けるようにならないといけない、とのこと。その為、厳しく授業をするという定評のこの学校も人気があって、多少無理をしてでも通わせたいと思う親御さんが少なくないのだ、というような話をしてくれました。

こちらでは給食も頂きましたが、ゴロンと大きい赤みの肉に青菜の炒め物といったブラジル風。シンプルな塩味がとても美味しかったです!食事中も飛び交う言葉は全てポルトガル語で、たまに日本語の固有名詞が聞こえるかな?という程度。学校の敷地に一歩入ると、たちまち『日本人』は少数派になってしまいます。

Nomad

ちなみに、リオデジャネイロで聞いた話では、ブラジルの義務教育にも音楽の授業はないそうです。
授業で歌を歌い、リコーダーを吹いて、希望すれば吹奏楽などの部活でさらに音楽体験を深められる日本は、音楽に親しみ易い国なのではないでしょうか。
にも関わらず「無理矢理歌わされる音楽の時間が嫌いだった」とか、「音楽鑑賞で画一的な解釈を強要されて聴くのが面倒になった」という人がかなりいるのも勿体ないことです。
確かに知識がないと面白みが半減することもありますが、それはスポーツでも映画でも同様のこと。
せっかく音楽の初歩教育環境があるのだから、義務教育の間にもう少し色々な世界、分野の音楽に分け隔てなく触れられるような授業ができればいいのに、と思います。

これを書きながら、ふと高校の音楽の授業で、ある学期の試験が『シナトラの《マイ・ウェイ》を先生秘蔵のゴールデンマイクで歌う』だったことを思い出しました。(確か、長渕剛の《乾杯》だった年もあったような…。) いっそのこと、どうやればそれらしく歌えるか、物真似ワンポイント講座!?などがあっても面白かったのではないかと思います(笑)。

話をノマドに戻します。彼らの音楽は聴く者の先入観を覆し、広い世界を目の前に見せてくれます。
しかも、ただその世界を見せられているだけでなく、自らが音楽の世界を遊歩するような感覚に誘われます。どこでどんな演奏を聴いても、演奏者の数以上に聴こえる厚みのある音に圧倒されるのです。それは決して威圧的なものではなく、今いる世界が瞬時に塗り替えられるような音楽体験です。

そんなアンサンブル・ノマドの初のオリジナルCDが5月31日に発売されます。時代はルネッサンスから現代まで、国は日本、中国、ブルガリア、ハンガリー、オーストリア、スコットランド、アフリカ、アルゼンチン、そしてブラジル。その幅広いレパートリーの多くは、国内のみに留まらない世界各国でのアウトリーチ活動の中から生まれたもの。そんな時代も国も異なる音楽を、いかにして「ノマドの世界」に纏め上げているのか。ノリノリで録音されたという、第一曲目のヴィラ=ロボスがどんな仕上がりなのか、というのも個人的には大いに楽しみです。

…ですが、ショーロと同様、ノマドの演奏も実際にその場で聴くのが一番!とお勧めしたく。
5月31日、50回目となる定期演奏会にも是非、足をお運び下さい。


アンサンブル・ノマド
http://www.ensemble-nomad.com/





※アウトリーチ活動(outreach activities)とは、専門技能を有する個人や組織が、市民に向けておこなう普及・啓蒙活動のことです。


2014 04 19
写真は著者より