連載 エッセイ ヴィラ=ロボス

<文 宇野智子>




(4) ヴィラ=ロボスのもてなし in Paris




Pieter Bruegel il Vecchio




フロラン・シュミット

ヴィラ=ロボスは1923 - 1924年の1年間と、1927 - 1930の約4年間(実質3年半)をパリで過ごしました。
大学に通ったり、特定の作曲家に師事することはありませんでしたが、コンサートを企画したり、著名人を招いて昼食や夕食を共にしたり、ヨーロッパの音楽界で活躍すべく積極的に動いていたようです。

少し面白いのは、パリに来て最初に催したコンサート(1924年2月15日 - ラテン・アメリカの作曲家の作品を集めたもの)では、指揮をするのみで、自分の作品は出品していないことです。
一体誰の作品を紹介したのでしょうね。

ブラジルを離れて最初に自作品を披露したのは、フランスではなくポルトガルのリスボンにおいてでした(1923年3月9日と16日)。演奏したプログラムは分かりませんが、ポルトガル交響オーケストラ(Orquestra Sinfônica Portuguêsa)を自ら指揮したと記録に残っています。

Orquestra Sinfônica Portuguêsa

エドガー・ヴァレーズ

ヴィラ=ロボスは、パリでもすぐにたくさんの人と交流をもつようになりました。作曲家のエドガー・ヴァレーズ(1883 - 1965)や、作曲家・批評家のフロラン・シュミット(1870 - 1935)、指揮者のレオポルド・ストコフスキ(1882 - 1977)らと出会ったのもパリでした。
ヴァレーズとヴィラ=ロボスが、バルコニーでポーズをとっている写真が残されていますが、二人とも自信たっぷり、芸術家然として、カメラを見つめています・・・。

ワインやフランス料理に親しむ一方で、ブラジルの食生活にもこだわり、日曜日に友人を自宅に招いてはフェイジョアーダをふるまってもいたようです。
ヨーロッパの新たな友人達は、非常に濃いコーヒーとフェイジョアーダを楽しみながら、大いに芸術談義(?)に花を咲かせたことでしょう。

ヴィラ=ロボスは同胞のブラジル人からみても濃過ぎるようなコーヒーを好んだ、と半ば伝説のようにいわれています。

Um cafe forte

私は、普段からコーヒー党なのですが、生まれて初めて行った海外旅行先であるギリシャで、グリーク・コーヒー(トルコ・コーヒー)を飲んだ時、コーヒーが飲めない人の気持ちを少し体験しました。おいしいと感じているのに、あの独特の濃さにお腹の方がギブ・アップしてしまったのです。
味は好みなので何度か試したのですが、結局私の体では、カップの三分の一以上は消化できませんでした。

コーヒーは刺激物なので全く受け付けないという人は、今も昔も少なくないでしょう。
ヴィラ=ロボス主催の昼食会、コーヒーが不得意な方はどのように「お茶」を濁したのでしょうね。

2012 07 04



参考:“The World of Villa-Lobos in Pictures and Documents(1996)”
Lisa M Peppercorn, SCOLAR PRESS

「白いインディオの想い出 ヴィラ=ロボスの生涯と作品(2004)」
アンナ・ステラ・シック著/鈴木裕子訳, トランス・ビュー

Villa-Lobos


注:記事内の写真はインターネット上、ダウンロードできるものを添付しました。