作曲家列伝 

彼らの生んだショーロスタンダード





Luiz Americano




ルイス・アメリカーノ
Luiz Americano do Rego
(1900年 アラカジュ - 1960年 リオデジャネイロ)


ルイス・アメリカーノはセルジッペ州(Sergipe)の首都、アラカジュ(Aracaju)で生れていますが、あまりノルデスチ(ブラジル東北地方)出身である感じがしないのは、多分、ジャズ寄りの音楽経歴のせいでしょうが。
(彼の曲はブラジル的です。)

幼年時に地元の楽団のバンドマスターだった父親からクラリネットを習い、アラカジュで音楽隊で兵役につき、そこでアルト・サックスも習得しました。
1921年にリオデジャネイロへの転勤を契機に、翌年軍隊を去ることとなります。

それが、リオで独立する為なのか、或いは兵役満了だったのかは分かりませんが、除隊後直ぐに、シモン・ボウチマン(Simon Bountman 1900年 パレスチナ生れ)や、ホメウ・シルバ(Romeu Silva、ハンショ・デ・ヘザーダ(Rancho Ameno Reseda)で活躍)等の楽団に属し、ナイトクラブやダンスホールで演奏を始めました。

1920年代の創成期のラジオ局の一つ、ハジオ・ソシエダージ(Radio Sociedade)にソリスト、あるいは作曲家として参加した一人です。

その後、28年から3年間、アルゼンチンに住み、帰国後リオデジャネイロのメイリンク・オーケストラ(Mayrink Veiga's Orchestra)に参加し、次にアメリカン・ジャズ・オーケストラ(American Jazz Orchestra)を創設し、ビクターレコードのレコード録音を残しています。

Benny Goodman



32年になるとピシンギーニャ、ドンガ、ジョン・ド・バイアーナが作ったバンド、ベーリャ・グアルダ(Velha Guarda)に呼ばれています。

36年には、 ベニーグッドマンBenny Goodman (クラリネット), ジーン・クルッパGene Kruppa (ドラム) 、テディ・ウィルソンTeddy Wilson (ピアノ)の向こうを張って、ラダメス・ジニャッタリ(ピアノ)、ルシアーノ・ペホーネLuciano Perrone (ドラム)とトリオ・カリオッカ(Trio carioca)を組んで、アメリカンジャズを演奏していたようです。

Leopold Stokowski



40年には、著名な指揮者のレオポルド・ストウィック(Leopold Stokowski:ポーランド系ロンドン生まれ。ニューヨーク・シティ・オーケストラ他の創立者)による、リオデジャネイロ - モンテ・ビデオ(ウルグアイ)航路上でのレコード録音に、ピシンギーニャの推薦で招待されました。
彼の演奏は「君のために吹く」'Tocando pra voce'に残っています。

スタジオミュージシャンとしては、カルメン・ミランダ、フランシコ・アルベス、オルランド・シルバのバックを務めました。

その時代の流行の寵児であったことは確かのようです。

代表曲は、 É do que há )、他約60曲程数えられます。


参考:choro-music blog spot, Acari Records,Enciclepedia Instrumental

貝塚正美

作品



Luiz Americano