コース (2) ナイロン弦の7弦ギター



Radames

1979年、ハファエル・ハベーロ(Rafael Rabello)に代わり、ルイス・オタービオ(Luiz Otavio Braga)が7弦ギター奏者として加わったカメラッタ・カリオカ(Camerata Carioca)は、ハダメス(Radames Gnattali)が編曲したヴィヴァルディのコンチェルトを録音する準備をしていました。

この音合わせの最中に、ルイス・オタービオはギターにナイロン弦を張って、グループの3本のギターの音に均質性を持たせようと試みました。
ルイス・オタービオは、その結果に満足し、ナイロン弦の7弦ギターというものを、初めて注文したのです。

Giannini

そのギターはジアンニーニ(Giannini)の 製作(訳者注:後出)でしたが、均整の取れた胴の部分は、ギター奏者のセルジオ・アブレウ(Sergio Abreu)がギター職人として最初にした仕事です。

ハファエルは、この楽器の効果に強い印象を受け、ナイロンの7弦ギターに新しい可能性を見出したようです。早速、マリオ・ジョルジ・パッソス(Mario Jorge Passos)に同様のギターを注文しました。

ハファエルは、この頃すでに、ソリスト、デュオのパートナー、有名歌手の伴奏、そしてコンサートの主催者等、ギター奏者としての地位を確立していましたが、このギターはその後、彼に期待以上の成果をもたらしてくれることになります。

Carioquinhas

ここに7弦ギターの新しい流れが確立されました。
右手の技術はクラシックの6弦ギターの奏法に非常に近いものでした。
ピックでなく指で直接弾くことにより、ナイロンの7弦ギターは、一面では攻撃的な鋭い音を失いましたが、もう一面では、音色の限りない多様性を獲得しました。

このギターを手に入れてからは、古典的なサンバやショーロですら、ハファエルは殆どスチール弦を使わなくなりました。
ジョエル・ナシメント(Joel Nascimento)のCD「ショランド・ジ・ベルダージ(Chorando de Verdade)」の録音がいい例です。
ジョエルが相当強く勧めても、ハファエルはスチール弦を手にしようとはしませんでした。

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