Mauricio





7弦ギター ( 7 Cordas)

マウリシオ・カヒーリョによるエッセイ

(O Ensaio "7 Cordas" por Mauricio Carrilho)


~ホウアネッチ法による、ペトロブラス協賛
「ブラジルの音楽家大全」プロジェクトのために寄稿されたエッセイ集より~

Ensaio elaborado especialmente o projeto "Musicos do Brasil: Uma Enciclopedia", patrocinado pela Petrobras atraves da Lei Rouanet




はじめに



このエッセイは表題の通り、ブラジルにおける「7弦ギター」の100年の歴史の概観を記したものです。

20世紀初頭のチュチ(Tute)の時代からジノ・7・コルダス(Dino 7 Cordas)を経て現代まで、7弦ギターがどのように受け継がれ、発展してきたのかが簡略化して書かれています。

一方、夭折した天才7弦ギター奏者ハファエル・ハベーロ(Raphael Rabello)の逸話や少年時代のエピソードは、親友であり同志でもあったマウリシオが捧げるハファエルへのオマージュとも感じます。



当エッセイの翻訳を快諾してくれたマウリシオ・カヒーリョ氏と、当該プロジェクト担当者マリア・ルイザ・クフォウリ氏(Maria Luiza Kfouri)に感謝します。

フルーティスタの熊本尚美さん(リオ在住)とギタリストの高田泰久さんには、翻訳に際し専門家としてのご助言を頂きました。
また、私の身近にも、突然資料の質問などを受けて悩まされた方もいらっしゃると思います。
この場を借り、お礼を申し上げます。

誤訳、表現の未熟部分、その他一切、翻訳に関する責は貝塚に帰します。

尚、目次の表題については、最初の「由来」は原文に題名が無かったので、訳者が付し、他の表題は原題を意訳しています。



貝塚正美

2011 Sep.


注意:人名、地名などの固有名詞のの日本語表記は、Rabelloはラベーロではなく、ハベーロ、Ronaldoはホナウドではなく、ホナルドと表記しています。
また、多少見づらくなりますが、読者の検索の便のため、
できる限りポルトガル語表記を併記しました。
例:ハファエル・ハベーロ(Raphael Rabello)





7弦ギターの由来



7弦ギターはショーロやサンバでは昔から使われてきた楽器です。
近年では他のジャンルでの伴奏やソロ、他の楽器とのアンサンブルにも用いられるようになり、またクラシックコンサートでも見受けられるようになってきました。

Tute & Pixinguinha

ブラジルにおける7弦ギターの起源はよく分かっていません。
ロシアにいたジプシーがブラジルへ持ってきたとの記述もありますが、証拠があるわけではありません。

分かっているのは、チュチ(Tute、本名Arthur de Souza Nascimento、リオ出身 1886-1957)と、同時代のシナ(China、本名 Otavio Vianna、ピシンギーニャの長兄)が、この楽器をポピュラー音楽界に持ち込んだことです。
それ以降は、ショーロやサンバの舞台から消えることはありませんでした。

China

当初は演奏の中で目立った楽器ではなかったのですが、1952年にオロンジーノ・ダ・シルバ(Horondino da Silva)つまり ジノ・7コルダスが使い出してから、ようやく注目を集め始めるようになりました。

1975年頃、メディアでショーロが再び取り上げらると、それに呼応するかのように若い7弦ギター演奏家が多く輩出しました。
その中の一人が、ハファエル・ハベーロ(Raphael Rabello)です。

彼は後年、ブラジルのギター演奏家の内、最も才能ある一人となりました。

ハファエルは7弦ギターを初めてソロ楽器として独立させ、ハダメス・ジニャタリとガロート(Garoto)の古典的なショーロ、サンバの作品集をレコーディングしました。
彼の新しい挑戦によってこの楽器の可能性が更に広がり、7弦ギターが魅力のある楽器として再認識されて、若い音楽家の間に普及することになり、それはクラシック音楽界にも波及しました。

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