おヨネとコハル ヴェンセスラウ・デ・モラエス

ねんおヨネとコハル ヴェンセスラウ・デ・モラエス著 岡村多希子訳 彩流社 1989年

 

モラエスの「徳島の盆踊り」(岡村多希子訳)に驚いて(彼の日本人の死生観の観察に)同じ訳者のモラエス本を探した。
死者との距離感が微妙なのは同じ。作者と訳者が同じなので「徳島~」と同じテイストで同じような感慨を持って読んだ。

コハルの末の妹チヨコが小銭を盗んでいく話はブラジルでのエンプレガーダ(昔なら女中と訳したのだろうけれど)との少しビターな思い出が蘇ってきた。

普通、訳者は原作の現代的再評価とか時代的重要性などを書き連ねて、翻訳がいかに価値がある仕事なのかと弁明するのが一般的なのに、岡村さんのあとがきはモラエスの感情に対して妙に冷静なのだ。
モラエスがリスボアを逃げ出さなければならなかった理由をイケナイ恋愛事件(辛くて忘れたくても忘れられない)の所為だと推測し、マカオの女性や神戸の芸者おヨネ、コハルとの関係はレンアイではなく「現地妻」とあっさり呼ぶ覚悟につい引き込まれてしまった。
岡村さんを存じ上げないけれど、親近感がぐっと湧いてきた。

文明国ヨーロッパから未開のアジアに逃げて来たモラエス(心はヨーロッパ、体はアジアに引き裂かれていた)にとり、おヨネとコハルとチヨコの墓を詣でる(死者を思い出す)のが安らぎになるとは、なんだかおかしくて悲しい。
庭石に飛んで自死を図り、リスボアへ還れたのだろうか。

話は違うけれど、赤塚不二夫の「もーれつア太郎」に出て来る蛙の「ベシ」。片目でちょび髭で「ベシ」が口癖。(夜はねるべし!)(1968年)
「明日のジョー」(1967年)の丹下段平も片目の髭男。ジョーへの教えはジャブはえぐるように「打つべし!」。
ほぼ同じではないか!と、さっき気が付いた。(「七人の侍」由来説が多いようですが)

 

おヨネとコハル 彩流社

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