2019年2月10日

エスメラルジーノ・サーレス

Esmeraldino Salles
( エスメラルジーノ・サーレス )
1916, Sao Paulo, SP-1979, Sao Paulo, SP

初めて「ウマ・ノイテ・ノ・スマレ」(スマレの夜)を聞いた時、聴き慣れているショーロとは違うなァと感じながらも、寧ろどこか懐かしいというか、フワフワした落着かない気持ちに陥りました。
サンパウロのスマレ地区のバーをうろついていた頃への個人的な郷愁なのかとも思いましたが、 エスメラルジーノの他の曲を聞いても同じ感情が湧いてきます。

そこで彼の事跡を追おうと思いましたが、殆ど資料が見つかりません。生年月日もずっと分かりませんでした。ネット上に出ている紹介文も同じ文のコピーばかり。
何で彼を追いかけるのが難しいのかなと不審に思っていたところ、エンリッケ・カーゼスの文章を見つけました。
曰く、「才能は傑出していたのに、自分で作った曲を演奏しようとしなかったし、人の演奏も聴こうともしない。現代的な曲なのにねェ」
どうやら自分を押し出していくのではなくて、人の後ろに隠れているのが好きらしいのです。
でも情報の少なさにはサンパウロのショローンの悲哀も感じます。(やはりリオの方が恵まれていると言うか)
ただ、サンパウロでは彼をトリビュートしたコンサートが開催されたり、SNSでファンクラブがあったりと、少しほっとしています。
という訳で、大半をCasa do Choroのアーカイブを参考にしました。

サンパウロ州サンパウロに生まれ、サンパウロで亡くなっています。楽器はカヴァキーニョ、ギター、コントラバス。 サンパウロの主要なバンドにいました。(Regional do Rago, Regional do Siles)またラジオ局ツピのバンドにも参加し、ここで様々なレコード録音に立ち会っています。 演奏家として有名にはならなかったものの、彼の曲はショローンに好かれよく弾かれています。 そのハーモニーはジャズにも似て、同年代のガロート(1915 Sao – 1955 Rio)のスタイルを追いながら ブラジル音楽の最高水準に達しています。

盟友でアコーデオンのオルランド・シルヴェイラ(Orlando Silveira)は1925年リオ生まれ、20歳前にサンパウロに移り、ラジオ・ツピと契約しレジオナル・ド・ラゴのメンバー(写真参照)となります。ここでエスメラルジーノと親しくなり冒頭のウマ・ノイテ・ノ・スマレを共作しました。
オルランドはこの後51年にリオに戻り、カニョートのレジオナルに入りました。


代表的な曲;Uma Noite no Sumare, Arabiando, Equilibrando, Dedilhando



2019 Feb.10

Casa do Choro

ショローンとその時代